第13回ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバル&「えんげきのぺーじ」提携企画
岡田利規(チェルフィッチュ)vs杉本隆吾(CLUB
ORGANISM)
| 第13回ガーディアン・ガーデン演劇フェスティバルのトップバッターは、独 特なスタイルで注目を浴びている劇団「チェルフィッチュ」。その秘密(?) の稽古場に、前回のフェスティバルに参加したCLUB ORGANISMの杉本隆吾さん が潜入。あの作品は、いったいどのようにして生まれるのでしょうか。(事務 局) |
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レポーターは前回のフェスティバルに出場したCLUB ORGANISM主宰、杉本隆吾さんです |
| この日の稽古は二人の女優さんのシーンがメイン。わずか数分のシーンを何十回と繰り返し稽古していた | ![]() |
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語り部的役割を担っていた役者の山縣太一さん。チェルフィッチュでは古株。 この日誕生日を迎えた |
| 稽古では自分の出番でない役者も、稽古に集中。演出家の指導を自分の演技 にフィードバックさせている | ![]() |
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チェルフィッチュの台本は台詞が長い。役者はそのひとつひとつの台詞をイ メージで紡ぎあわせていく |
| ときには岡田さん自身が立って演技指導する場面も。役者の動きから、なに かを導き出そうとしている | ![]() |
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個性的な動き、不明瞭でリアルな台詞。現代を切り取るチェルフィッチュの 作品はまさに新しいスタイル |
| 映画を志しつつ演劇へ。現代劇の可能性を追求するチェルフィッチュ岡田さ んの話は杉本さんとの対談で! | ![]() |
CLUB ORGANISM 杉本さんから
チェルフィッチュの役者に質問!
「今まで見た映画、芝居で、自分が演じてみたい役は?
またその理由は?」
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| (後列左から) ●瀧川英次「サボテンブラザース」マーチン・ショートのやっていた役。やるときはやる、というかっこいい役だから。●山崎ルキノ「猫が行方不明」クロエ役。猫を探す話。映画自体が好きでクロエの雰囲気も好き。猫も好きだから。●山縣太一「ミラーズクロッシング」ガブリエル・バーンのやっていた役。父が芝居をやっていて、悩んでいると「初心に帰れ、観ろ!」と言われて今までに32回くらい観ている。 (前列左から) ●下西啓正「マウス」ロバート・カーライルのやっていた泥棒の役。奥さんに泥棒をやめろといわれてもやめない成長しないダメなところがいいなと思ったので。●江口正登「Helpless」光石研沙がやっていた北九州弁のやくざの役。僕は北九州出身なので、あの北九州弁はちょっとよかったなと。●東宮南北「害虫」田辺誠一のやっていた役。宮崎あおいが好きだから。映画では(宮崎を)救えなかったけど救いたいから。●松村翔子「ラン・ローラ・ラン」ローラ役。ローラがずっと走っている映画で、一緒に走りたいと思ったから。髪を赤くしてみたいなと思ったから。 |
| ■何回目の公演かわかりません 杉本:はじめまして。
■最初は映画を志していました
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| ■セルフィッシュ…自己中のちょっと舌足らずな感じ
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| ■台詞はイメージの中で繋がる 杉本:今日稽古を見ててひとつ面白かったんですけど、まぁ、面白いところはい
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| ■「芝居をする」ということ 杉本:話は変わりますけど、台本を書かれるときっていうのは、キャスティン
■今の言葉と今の身体を使って演劇を作る 杉本:結構、稽古って毎日されてるんですか?
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すでにインタビューの模様は読んでいただけたかと思うが、皆さんはオッパイ マッサージは試してみましたか? ちなみに私には適当な妊婦がいないので、未だ未遂である。 ・ ・・物書きのクセに文章がおかしい。 頭痛が痛い。新しい新居。古い古居。 どれもおかしい。 チェルフィッチュ。。。これもおかしい。 なまっている。間違いない。 稽古を拝見した。 おかしくない。 舞台にありがちな「おかしさ」がない。 「つまらない」のでは無い。 「不自然」や「とってつけたような」がないのである。 稽古場にお邪魔して、挨拶を交わし、席に座った。 代表の岡田さんが「何をしましょうか?」と尋ね、「どうぞお好きに。いつも 通りに」と答える。 「では、稽古を続けます。」と岡田さん。 すると役者が雑談を始めた。 と、思った。 暫くして気付いた。 「あ、芝居が始まってたんだ・・・」 自然だった。 あまりに自然だった。 僕の予想を裏切る自然だった。 ―普通― その言葉自体があまりに普通が故に、人によってその解釈に差が 大きいだろう。 私の普通で言えば、「よーいスタート」とか「はいっ」とか「アクション」と か、、、なにか掛け声で稽古が始まるのが"普通"だ。 もちろん私も、その普通がいやで、芝居をやったりしている人間だから、うち の稽古も掛け声はない。でも実際は、演出家と俳優の間に始めるキッカケみた いなのがあるのだが、、、、、ここチェルフィッチュには、感じられない。 俳優達は自然と芝居を始めている。始まったのに気付かないくらいだ。あれな らファミレスで稽古しても気付かれないだろう。もちろん誉め言葉だ。 うちなら間違いなく1分以内に追い出される。 これを読んでいる岡田さん(チェルフィッチュ脚本・演出)は芝居をしている、 という表現が気に入らないだろう。 それもそのはず、そこで行われていたのは「芝居の稽古」ではなく、日常なの だ。 面白い。 初めて共通点が見えてきた。 稽古を拝見している間は、あらゆる面で私の感覚と違った。 もちろん違う事は面白いのだが、全く共通点がないとすれば、その後のインタ ビューが難しいなぁ、、、と思っていたりした。 仕方がないので脚本のストーリーとかでなんとかしようと思ったが、、、それも ダメだった。 稽古が進まない。 いや、厳密にいうと進んでいる。 よく考えたら、私のやり方より、進んでいる。 台本でいうと1〜2枚しか進まない。 だから進んでないように感じる。 でも、そこを永遠繰り返している。 言葉・間・動作 全てに於いて、岡田さんは見逃さない。 瞬間的に、かつ的確に指示を出していく。 しかも俳優達はそれを瞬時に反映させている。 素晴らしい。 同時に羨ましい。 信頼関係や経験、技量が無ければできない。 それも全員が持っていなければ、、、、 後で尋ねてみた「あのペースじゃ大変でしょう?」 「いえ、あそこが完成すれば、最後までツゥーといくんですよ」 余裕な笑みを浮かべて話す岡田さんが憎たらしかった。 「でも今回は既に反省点があるんです。稽古期間をもっと長くするべきだっ た」 聞いたら延べ2ヶ月以上の稽古だそうだ。 1ヶ月も稽古期間をとらない当方に比べれば(前回のA sophist of (no) significanceは1ヶ月半とりましたが)相当長い期間だ。 芝居は最初が一番良い。稽古を繰り返すたびに、それは「芝居」になっていく。 繰り返して安心や安定を得られる反面、自然さやドキドキを失ってゆく。 私の概念だ。 しかしチェルフィッチュは、違った。 繰り返せば繰り返すほど、自然が溢れてくる。 もう何度も聞いた科白のはずなのに、同じところでドキドキする。 次の科白を一緒に言えるぐらい見ているのに、またドキドキする。 余談だが、山崎ルキノさんにちょっとばかし惚れた。 彼女の話す、他の男の話にジェラシーを感じる。 もう何度も聞いた科白のはずなのに、同じところでジェラシーを感じる。 次になにをしたのか既に知っているのに、まだジェラシーを感じる。 何故だ?? そこには「芝居」以上に面白い「日常」があったからだろう。 日常がこんなに面白いのに、わざわざ劇場に芝居を見に行かなくて良い。 行って損をしたと感じる舞台も沢山あった。 正直、最近は知り合いの舞台にも行かなくなりつつある。 でも劇場で、こんなに面白い日常が見られるのなら、日常をほっぽりだしてで も足を運ぼうと思う。 チェルフィッチュという日常を観に。。。。 追伸:岡田様 奥様の体調は如何でしょうか?お子さまは順調に成長されてるでしょうか?オ ッパイマッサージも面倒くさがらず、愛情を持って行ってください。お忙しい 場合は連絡ください。喜んで代行させて頂きます。もうあなた一人の身体では ありません。無理をなさらず心身共に良い状態を保ってください。劇団の事な ど、もぅどうでも良いではありませんか。 追伸:劇団員様各位 |