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It's the hard-knock life for us ! It's the hard-knock life for us !! などと、毎年この季節には、つい無意識で口ずさんでしまっている自称・演劇エッセイストのウニタモミイチです(だからといってミュージカル『アニー』を見に行ったわけではありませんが)、みなさんお元気にお過ごしでらっしゃいますか?かく申すわたくしの心は五月晴れとはほど遠い、どんより曇り空なんですが……だからといって、あからさまに五月病だって言いたいわけでもないのですが……しかし、ああ、そうか、もう五月なのか、また我が家に蝿の涌く季節の到来だ、五月の蝿は五月蠅くて、パソコンに向かい文章など書いていると、私の周囲をブンブンブンと旋回し、モニターだの人の顔だのに平気でとまるんで、気分はどんどん滅入るばかり。まったく、Mayります、五月は。やたらめったら。いや、まあ、五月に限らんのですが、このごろはどうも心が重たいです、魂に粘り気を帯びがちです……全国7万8千人のえんぺファンの皆さんはいかがですか、新緑あふるるこの季節に、心ウキウキワクワクとしてますか?……しかしわたくしは、どうにも心が重いんです、とても、とても、とてつもなく。しかし、そこはまあわたしも大人ですからじっと耐えてみたり、Tomorrow,Tomorrow,I love ya,Tomorrowなどと歌って近未来に虚しい希望を託してみたりしますけど(だからといってミュージカル『アニー』を見に行ったわけでもなく……そういえば、この歌、ゴキブリコンビナートも歌ってたわいなあ)、ふと気がつけば、無意識に「悲しくて悲しくてとてもやりきれない」なんて口づさんでおります。なんか、無性に、このごろ、いろんなことが悲しいんで……、ええ、もう、実に、このうえなく。 しかし、そんなわけであたくし、どういうわけか、今頃になって、今更ながらに、フォーククルセイダーズ界隈の曲を聴きまくっております。中でも、とりわけ、はしだのりひこの歌声が実に耳障りよく感じられます。もちろん加藤和彦も北山修も好きですけどね(昨春公開された庵野秀明監督の『ラブ&ポップ』のかっこええラストシーンを思い出す。「あの素晴らしい愛をもう一度」を颯爽と歌うコギャルたち)。それにしても、「イムジン河」のはいってるカラオケ屋て、ないんですか?「イムジン河」やら「戦争は知らない」やら「さすらい人の子守唄」やら、そういった歌を、ちゃんとハモリをつけて歌いたいばっかりに、わたくし、こんど私的な趣味のフォークバンドを作ろうとさえ考えておる所存であります、フォークルや赤い鳥や六文銭などが好きで、しかもギターを弾くのが上手なかた、是非わたくしと一緒にバンドをやりませんか。当方、歌もギターも超下手で、そのくせ練習するヒマもあまり持てないんですが……しかし、こんなことをタラタラと綴っていると、「ウニタは、なんか癒しを求めているんじゃないの?」とか言われそうで恥ずかしい……たしかにわたくしのように病みかかってる心には、ある程度の癒しは必要なんだけどもさ。だからといって、坂本龍一のリゲインのCM曲なんか聴いても癒されんし、釈由美子のグラビア見ても癒されんよ(むしろ興奮するね)。聞くところによれば、山口もえもまた“癒し系”にカテゴライズされるそうであるが、わたくしは山口もえの鼻づまり声は大好きなので、するとあの鼻づまりに癒されていたのかなあ。しかし、山口もえといったら、なんといっても、「イタリア語講座」の出演が終わってしまったのが残念であった。えんぺ主宰のにしかどさんは、かのホン・インスン嬢が溌剌と出演中の「ハングル語講座」に夢中だと聞くが、わたくしは「ロシア語講座」のしまおまほに熱中することもなく、ときおり「フランス語講座」のオープニング曲=「Ex Fan des Sixties」(ジェーン・バーキン)に心なごませる程度である。セルジュ・ゲンスブールの手になるこの曲の、とても可愛らしいカバーを、昨年ホセフェルナンデス・プロデュースというコント芝居の幕間に聴いたことがある。終演後、音響の人をつかまえて、何の音源かを尋ねたところ、LD&Kレーベルの「Anthology30」に収録されているYes,mama ok?によるカバーとのこと、さっそく購入し、依頼何百回も聴いてます。正直言って、この歌には癒されてるなあ、わたくし。ジェーン・バーキンのそれよりもはるかに心に滲みる。もっとも、ジェーンの「Ex Fan des Sixties」だって、いままで幾度となく聴いてきた。かつて人見記念にコンサートにも行ったし(ゲンスブールのコンサートに行ったこともあるよん)。そういえば、ジェーン・バーキン、また来日公演やるとかいう噂をチラッと聴いたな。また私は足を運んでしまうのだろうか……しかし、わたくしは時流に乗って何かに「癒されたい」、なんて思ったことは全然ないっすよ。むしろ癒されたくはないです。今のわたくしにはむしろ、“生への突破口”みたいなもんが必要なんですよ。 そういった意味では、四月の最終週は、幸運にも、偶然にも、“生への突破口”だらけのわたくしではありました。たった1週間の間に、鳥肌実と椎名林檎とゴキブリコンビナートを立て続けに見ちゃったりなんかしてね。しかし、鳥肌実と椎名林檎とゴキブリコンビナートが、“生への突破口”なのだろうか、と世の人々は疑問を呈するかもしれない。むしろ“死の扉”ではないか、とさえ。たしかに林檎のコンサートなんか死臭の漂うような演出だったし。とはいえ、「線路上で寝転んでみたりしないで大丈夫」と歌われれば少なからず元気も出るし、「いつもボロボロに生きる」なんて歌われれば、「うんうん、わたくしもわたくしも」とついその気になってしまう、わたくしをしてそのように魂を回復させてしまう音楽の威力や魅力はやはり到底あなどれないものだとは思うんですけどねえ。情けない話だが、昨年1年間は「無罪モラトリアム」聴きながら、なんとかへこたれずに生きて来れたし、今年は、実は早い段階から「勝訴ストリップ」の音源を入手して、それで今までもってきたっていうのが実情だ。林檎のような、生死を混沌化させるほどの強度を内包した音楽が現れなかったら、自分は押し潰されていたか、犯罪に走っていたかもしれないぞ、なんて想像することがよくある。もっとも、林檎的な効果をもたらしうるものは、舞台の世界にもないわけではなくて、それが例えばゴキブリコンビナートだったり、鳥肌実だったりするわけです。 ゴキブリコンビナートが醜悪で悲惨なロリコン地獄を徹底的に描ききった「プチトマトサラダ記念日」には魂の深いレヴェルにおいて感動させられましたよ。そりゃ移動式舞台がオールスタンディングの客たちの間を荒っぽく動き、チェーンソーなど振り回されりゃ、命にかかわるような身の危険すら感じないでもない芝居ではありましけどね……それでも、若ハゲ・ロンパリ・どもり・出っ歯の青年たちが「も〜てて〜も〜てて〜困るんだあ」と精一杯(4回も)歌う姿に接すると、最悪的最底辺的状況の中にもけなげな生への前向きさを感じて、「ああ、連中も頑張ってるんだから、自分も頑張んなきゃ」という気になりましたよ(ゴキブリを見て、そんなポジティヴな気持ちになってる人って、他にはおらんのだろうけど)。 鳥肌実の、軍国主義復活を唱える演説も、わたくしの耳においてはもはや“音楽”に等しい。なんか、わけもなく、魂が揺り動かされてしまう。内容の馬鹿馬鹿しさに爆笑しながらも……。もちろん、かつてドイツでは、もっぱらワグナーの前奏曲を伴った、ヒトラー総統やゲッベルス宣伝大臣の演説に大衆がコロッとまいってしまい、国全体がファッショへの道へと突き進んでいったという不幸な歴史があったことについては重々承知しております。右翼イデオロギーの音楽的・パフォーマンス的効用というもの、かように恐ろしく、死を招くほどの危険なものではあるにしても、そこから政治的な実目的性をナンセンス化することで除去し、かろうじて様式性だけを粋なパロディ芸として浮上させる鳥肌の方法論は、そのきわどいギリギリさ加減においてスリリングであり、それこそが“生への突破口”といえるんじゃないだろうか。もちろん、これによって良識あふれる民主主義教育の落とし子たちは神経を大いに逆撫でされるであろうし、その一方で、右翼陣営だって実は自分たちが徹底的にバカにされていることに気づき始めるかもしれない。だって、鳥肌パフォーマンスは見ようによっちゃ、右翼に捧げる一種のホメ殺しみたいなもんだもん。しかし、日本の、近頃の、すっかりユスリタカリの類に堕した右翼たちは、己のパロディを敢えて真正面から見つめ直し、もう一度、自分たちの存在意義に美学を取り戻すことを検討すべきであろう。“美学”、これこそが大事だから。そもそも、わたくしにとって、生とは“美学”のことだ。多くの人々は、生とは“処世術”のことだと思っているようだが、その結果がいまのニッポンというわけだ。美学なき政治、美学なき右翼、美学なき経済、美学なきビジネス、美学なき犯罪、美学なき教育、美学なき恋愛、美学なき芸術、美学なき宗教などが、はびこりすぎていて、それらがことごとくわたくしを落ち込ませ、また、それらが、あの諫早湾を目も当てられない惨状においやり、十代の若者らを歪んだ犯罪に走らせるのである。いやだなあ、ニッポン。そして、いやだなあ、こんなところでニッポンを憂う自分も。その点、鳥肌のパフォーマンスは、しっかりとした美学に裏付けられている。こういうのを見ていると、どんなに馬鹿でもいい、どうしようもなく要領が悪くてもいい、美学さえ失わなければ人として堂々と生きて行けるんだ、私は生きていていいんだ、っていう思いが深まります。 ホントに、いいなあ。鳥肌、林檎、ゴキビ(いまやゴキコンでもゴキブリでもなく、ゴキビというのが正しいらしい)。それに加えて、花園神社で見た唐組の紅テント『夜壺』もいかしてたなあ、とくにホストのブンちゃんを演じた大久保鷹。唐十郎扮する白川夫人を迎えるために、屋根の上で尻まるだしにして、青いハート型蒙古斑をさらして待っている鷹。その尻を、唐は、便器詰まりのスッポン棒で容赦なく突きまくる。ああ素敵だなあ、うっとりきちゃうなあ、青のハート型蒙古斑。あれこそは、色といい、形といい、その佇まいといい、他ならぬ“生への突破口”だったよなあ。どんよりと滅入りがちな私たちに「生きよ!愛せ!書きたまえ!」と、その青のハートが語りかけたように見えた。私はほとんど条件反射のように、その青いハートの声なき呼びかけに呼応して「生きた!書いた!愛した!」と心の中で叫んでしまったもん。己の内部に生命の充実感を蘇らせながら。……ちなみに、えんぺオススメ人・横内会長(♀)にとっての生の充足感とは「喰った、した、寝た」の3拍子なのだそうだが、そりゃまあそれこそは恋する三大欲求のシンプルなる充足には違いなかろうが、美学とは無縁な3拍子ワルツって感じがしますよ。しかし、そんな横内会長も目を細めて愛でる唐組「夜壺」は6月まで上演しているので、未見のかたは必ず鷹の尻を体験しておくように(鷹は月食歌劇団の「家畜人ヤプー」にも出るようですが、これはどんな感じで舞台化されるんでしょうか。原作への愛着から興味はつきないのですが……)。 そして、関西方面5万6千人の舞台愛好家の皆さん、5月はついに、鳥肌実「玉砕演説」(大阪厚生年金)とイデビアンクルー「不一致」(伊丹アイホール)を観れますね。この二つの“生への突破口”をまず押さえておけば、五月は乗り切れると思いますよ、羨ましいかぎりです。「不一致」なんか、珍しく、井手茂太くん自らピチピチと踊りまくりますからね、これはもう超必見です。ジャンルはダンスですけど、ここに展開される明るくて悲しくてやるせないドラマトゥルギーは、むしろ演劇好きの人にこそ見て貰いたい。目からウロコの落ちるような舞台です(ちなみに「不一致」の稽古がおこなわれている森下スタジオ、イデビアンの真下のフロアでは「オケピ」の稽古がおこなわれているそうです。二階では斉藤美音子が金谷が本橋が舞い、一階では松たかこが歌い……、ああ、それを横から断面図で見てみたいものです)。 さてその一方で、名古屋方面1万4千人の演劇好き好き人間の方々には、少年王者舘の「絶対/相対(キットアイタイ)」が5/18に、愛知県内のどこかの高校で再演されるらしい、っつうことで、その情報がとても気になるところでしょうけど、それはクローズドな公演かもしれないので、むしろ、同劇団の珠水さんの主宰するSwitch第2回公演「ふたつ」などはいかがでしょうか。作:珠水、演出:Switch、出演:珠水・月宵水ことZUN・石丸だいこ・ゴロ・白鴎文子・岩村吉純(維新派)、6/1(木)・6/2(金) 18時開場 19時開演、場所・問い合わせ:名古屋今池TOKUZO(052-733-3709)、とのことです。私も見たいんだけど、さすがに会社勤務の身の上、平日のみの公演で名古屋にゆくのはキビシそう……。しかし、先月の演劇ぶっくゼミナール松本雄吉クラスの発表会「青空」といい、こんどの「絶対/相対(キットアイタイ)」といい、「ふたつ」といい、石丸だいこが立て続けに出演で、ファンには嬉しいネコ(←?)。「青空」では初めて維新派的空間の中に立った石丸だいこだったが、これがまことにキビキビした、キレの良い動きを見せて、大変素晴らしかった。なんというか、維新派ワールドに新しい生命の息吹を注ぎ込んだという感があった。石丸だいこという名の、不可思議なる運動体、これまた、それ自体が1個の存在の美学であり、これまた、ほかならぬ“生への突破口”たりえている(この表現、そろそろクドイですか)。 さてさて、東京の五月は、相変わらずいろいろなものがひしめきあって、予定のやりくりはまったく大変ですね。舞台もさることながら、カンタベリー系ロック好きのわたくしにとっては、なによりも再結成したスラップハッピーのライブに足を運ぶということが最優先課題。そのあたりのことは、スターパインズカフェのサイトでも見て貰うとして(あと、5/19札幌ベッシーホール&5/21京都大学西部講堂というのもあるそうです)、今月最も気になるところは、あの素敵な「むっちりみえっぱり」が公演を、しかも竜の湯二階宴会場というところでやるのがたまらんですな。どこだ、竜の湯って。むっちりみえっぱりといえば、前回公演『地肌すぐ』の冒頭で縄跳びアイドルグループSomething to drinkが歌っていた「I LOVE FESTIVAL」は、いま思えば、先述したYes,mama ok?版の「Ex Fan des Sixties」につながる趣きがあった。前田雄輝さんという音楽家が作った曲だが、これも、いまだに口づさんじゃうんだよね、Go! Let's Go フェスティヴァ〜ル、I Love I Love フェスティヴァ〜ル!(音源はたしかむっちりみえっぱりのサイトを通じて購入できます。) 笑いをエンターテインメントの手段ととらえずに、純粋な目的として、その可能性をどこまでも追求してゆきたい、というタイプの人には、むっちりみえっぱりもさることながら、なにはともあれ猫ニャーとげんこつ団は、こりゃもう絶対にはずせないわけですが(あと故林広志Pもそうかな)、一度だまされたと思って、マダムゴールドデュオというのも御覧になってみてください。本当に「だまされた」と思うかもしれませんが。というのも、マダムゴールドデュオって、ほとんど誰からも評価されてませんからね。見た人は決して少なくはないのですが、「面白い」という人にはついぞお目にかかったことはない。しかしながら、私にはとても「ツボ」なんですよ。私の性感帯ならぬ笑感帯みたいなところをうまく突いてくる。私の笑感帯というのはポイントが微妙で、わかりやすくなく、器用でもなく、そこはかとなく情けなく、切なさと裏表にあるような間抜けさ、そういうものがたまらなく可笑しいのでありますが、マダムゴールドはその微妙なところを見事に突いてくるんです。でも、誰一人として、わたしのその捉え方に同調する者のいないのが現状なんですね。それどころか、今月の星取り表からも無視されてしまっているほどです。まったくもって情けない。なもんで、ここで追加しておきましょう。
公演タイトル ,劇団/主催者etc ,劇場 ,★★★★| あと、別役実の新作『最後の晩餐』(文学座)が5/16まで紀伊国屋ホールで上演中なんでこれはまあいちおう見ておく必要ありだろうな。人として。笑いを愛好するものとして。あと、ロマンチカのクラブイベントが5/26・27、六本木のbiburinというところであるようです。問い合わせはromantica@supertank.co.jp迄。 来月は、モフセン・マフバルバフ監督の話を書くつもりです。ではまた。
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